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もしかして発達グレー研究所~凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

押し付けられる主観に拒絶反応起こしてませんか?

サバイバルハック、裏ルールのお話です。

すみません、長いですが、途中離脱どころも設定しましたので、読んでみて頂けたら。

☆規範?規格?所詮は主観で運用されている!

反省、態度、友情、約束、絶対、団結、思いやり、ちゃんと、しっかり、がんばれ、相性、全力で、心を込めて、優しく、楽しく、元気に、ダメ、本気で、もういい、嘘、等々…


会社、学校、保育園、幼稚園、療育園などの集団で好んでやりとりされるこれらの概念。

一見「規格」「規範」「規準となる概念」です。

しかし、実際には、どのように運用されているでしょうか。

各々の主観に委ねられた、不確かなものに過ぎないのではないでしょうか。



多数派のひとりひとりが、これらの概念や規範をいちいち了解していると言えますか?

答えはnoです。

定型の子どもたちは、より強い人、偉い人の示す規格…
つまり誰かの主観に常に振り回される生活をしているのです。
その方が生きやすく、定型と称されがちなのです。

ただ流されているだけの彼らは生きやすさもあるのですが、もちろん、とても危機的な精神状態でもあります。

多数派は多数派であることによって、互いに承認欲求を満たし合い、同調し合うので、槍玉にあげられずに済むというメリットを享受し、なんとかかんとかやっていけるようです。

☆パトラッシュ…疲れたろ…

一方、
発達障害、もしかして発達障害グレーゾーンのお子さんたちや、HSP繊細すぎる子どもたち、繊細すぎる人たち、すなわち多様発達の方々は、どうでしょうか。


反省、態度、友情、約束、絶対、団結、思いやり、ちゃんと、しっかり、がんばれ、相性、全力で、心を込めて、優しく、楽しく、元気に、ダメ、本気で、もういい、嘘、等々…

なんとなく降り注ぐ雑な言葉を、片っ端から、情報として処理しようとします。


一過性の主観に過ぎず、本来ほとんど取るに足らない、しかし一見
「大切な規範」
を示す言葉の数々を、日々押し付けられていると感じています。


結果、げんなりしてしまったり、イライラ、モヤモヤしてしまったり、
「いちいち聞いてられない、無理だ」
と全て諦めてしまう。

そういうケース、とても多いです。


それだけではありません。

辛さを誰かと雑に承認し合い、気軽に承認欲求を満たし合うという、相互扶助の仕組みを持ちません。ですから、げんなり、イライラ、モヤモヤは、晴れることがありません。



この先、長く、細かく、わかりにくくなります、ここまでで大体理解した、と思われたら他のエントリーへお進みください。

おばちゃんは、話す 聞くが得意な人なので…、複雑なことを書くとわかりにくくなるのでごめんなさい🙇

☆問題は発達障害ではなく、ストレススパイラル

前項では、多様発達(いわゆる発達障害)の人々に限ったような書き方になっていますが、言葉に過剰反応してげんなりモヤモヤしてしまうのは、発達特性由来というよりも、精神的、肉体的ストレス由来だとおばちゃんは考えています。


「ストレスが強いと、ストレス感受性が高まる。ストレス感受性が高まると、ストレスがより強くなる」
このような負のスパイラルの影響は、普遍的なもの。誰にでも起こり得ます。

悪影響の出方も、一般的に「発達障害の症状」として示されているものと全く同じです。


空気が読めない、何度も同じ間違いをする、忘れ物をする、遅刻をする、やる気が出ない、怒りっぽい、暗い、感覚過敏などのトラブル。ストレスが強く、承認欲求が暴走しているときには誰にでも起こり得ると、私は見ています。
多様発達 典型発達に限った問題とは思いません。

☆じゃあどうしろっていうの?

気軽に発せられる「規範」を、辞書的に解釈すると、バグが起きます。

理想の子であり続けろというメッセージを受け取らざるを得なくなったり、ダブルバインドだらけになったりします。
(例えば、正直でいなさい。&人の嫌がることはしてはいけない等。相反する規範が集団生活には山盛りです)



おばちゃんは、あれ、ひとつひとつ、いったん、綺麗事ってレッテル貼っちゃって、
・常に絶対に真に受けたほうがよさげなのか、真に受けちゃまずいっぽいのもあるのかの判断が必要
・正解はなく、マシな加減を探るために、一生行きつ戻りつするもの

ってインプットした方がいいと思います。



真に受けようとするから、畏縮してしまったり、試行錯誤を諦めて傍若無人になってしまったりするのではないでしょうか。

☆綺麗事を真に受けるな

社会(学校 園)や、社会が無自覚に押し付けてくる規範、規格とのつきあい方を学びましょう。

付かず離れず、のバランス感覚が基本です。



規範や規格を真に受けるタイプにおいて、最も深い問題となりやすいのは、怒りや攻撃に対する応答です。

衝動性があると、すぐに自分の正当性を主張したくなってしまったり、
「(大事な会話の途中で)あっリス!」
的な、無秩序な言動をかましたりしてしまいます。

言葉が出てこないタイプは、ムッとした不機嫌な顔をしてしまったり、脳を使いすぎて酸欠になりあくびをしたり、宇宙と交信したり…。


集団側の人間は、流れに身を任せることで脳のリソースを守り、別の、必要なものごとに振り分けています。
個性派の反応の意味や事情のことは、考えようともしません。
なぜなら、集団側が個人の事情に寄り添うことは、非効率的だからです。


個性派の多くは、規範や規格に対する真摯な思考力が仇となり、叱られ、許されず、疎外され、いずれ、集団に対して憎しみを抱くようになります。


☆集団における護身術…叱られる作法


演技、そぶり、ポーズ…つまり、見た目を取り繕って、強制や、怒りや攻撃の嵐が収まるのを、冷静に待つ練習をさせましょう。

本当にやらかして叱られている最中に実践できるようになるためには、ご機嫌がいいときに楽しく反復練習することが重要です。

ロールプレイもよいですし、親子でアニメをみて
「あちゃー、のび太、ここで自分の正当性を主張したら、もっと立場が悪くなるぞ!」
「クレヨンしんちゃん!ちびまる子ちゃん! その先生は冷や汗かきながら許してくれてるけど…そんな人レアだよ…」
等、アニメに対してたしなめる習慣をつけるのもよいでしょう(学校では言わないでね)。


あるいは、親御さんが実践しているのを見せ、
「さっき、事情を知らないパパに文句言われたとき、ママ、反論せずごめんねって言ったでしょ。あれはね、怒ってる人は事情を理解する脳のリソース残ってないから。どうしても弁解が必要ならあとで、機嫌のいいときに」
なーんて、種明かししたりするのもよいでしょう。



嵐が去るのを待った方が得だ、という確信がなければ、叱られスパイラル 嫌われスパイラルから抜けることは困難です。


思考力の高い個性派は、自分の正当性を認めさせたいと思ってしまうのです。自分は悪くない!!と主張すればするほど、集団サイドの警戒心を強めさせます。



個性派のことを悪くないと認めてしまえば、集団サイドの正しさがぐらつくことさえあります。
未熟な集団はとかく善悪二元論原理主義になりやすいので、個性の排除が起きやすいのです。


個性派は、多勢に無勢。
怒る集団構成員を刺激すると、集団に飛び火します。だからこそ、嵐が去るのを待つのが賢明です。


怒られているときや叱られているとき
「でも、」
「だって、」
をやめたり、顔つきのコントロールをしたりすることは、自分をなくすことだと言う人もいるでしょう。


私はそうは思いません。実際やってみると、かえって自分の正当性を認めてもらいやすくなり、快適になります。

・ちょっと我慢して、集団サイドと個性派の多勢に無勢の対立には折れておく
・その後、集団の謎の結束が緩んでいるときに、1対1等「話が通じる」状態に持ち込む


受け入れてもらえない主張をぶちまけるために、四面楚歌になる、そんなの、戦略としていまいちすぎます。


経験や他者の観察を通して、損して得とれ、急がば回れ、な戦略を叩き込みます。


そうすると、叱られたときに心の余裕ができ、(あ、今は黙ってうなだれた顔作って、すみません、ごめんなさいもーしません、繰り返しとくフェイズだなー)とか、とるべき戦略に脳のリソースを振り分ける余力ができるわけです。


この方法は、主張(言い訳)するよりも、早く叱責から抜けられることが多いです。



改善策の提案と実行が必要なこともあるので、叱責から抜けられればそれで終わりということではないですよ。

その後得られた、比較的心の自由なとき、さっきのはどうしたらよかったかな、とふりかえる練習も、是非してほしいと思います。


余裕があれば改善計画にとりかります。

改善できなくても改善できない自分を責めるのではなく、美しい反省の態度はうまくなってきたなー、次は改善提案と実行だなーと自分を認めていきましょう。


ガバガバな規範や規格を、錦の御旗として押し付けてくる集団において、
個性派がまず身に付けるべきは、正しさへのこだわりではありません。

どっちが悪いとか、正しいとかではなくて、戦略のパターンとバランス感覚の習得です。



多勢に無勢な状態では、不安になり、ついつい自分の正当性にこだわりたくなるものです。

「自分らしく」「自己主張大切」「我慢する必要はない」「個性を大切に」「いい意見ですね!」等という綺麗事系社会通念を真に受けてしまうというのも、根深い問題です。


主観に基づく規範 規格の雑な運用が行われる集団において、脳のリソースを奪われがちな個性派のためのサバイバルスキルは、綺麗事では身に付きません。


集団は、規範や規格、正しさといった綺麗事ではなく、主観で動いているのです!


タイミングの悪い自己主張、戦略のない自己主張はかえって、自分らしく生きることを阻害するよー、集団が主観で動いていることを知れば、集団の力をうまく利用して身を守りながら有利に立ち回れるよー、とお伝えしたいです。


長いのに読んでくださりありがとうございます。

なんとなく続きます。
noudeka.com


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