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もしかして発達グレー研究所~凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

授業参観~「人の迷惑」叱るな

(2023.4.22一部修正しました)
叱責で問題行動が消えるタイプなら、とっくに品行方正スーパー優等生になってるよねぇ、っていうぐらい学校で叱られているお子さん。
あるいは
「迷惑をかけては絶対にいけないんだ」
と頑なに信じ、のちのち、自分が人に迷惑をかけているという現実に直面したとき、人知れず絶望してしまう、現時点ではどちらかというと何の問題もない、とされる生真面目なお子さん。
いずれにもお伝えしたいことです。


質問です。
学校でのいわゆる問題行動について叱ったり、
反対に、義憤に寄り添ったりするとき、
「人の迷惑になることはダメだよね、絶対」
と反復&徹底しちゃってませんか?

「人の迷惑」っていう曖昧で架空の概念を、叱責の最高基準にしていませんか?

これはかなりメリットが少なくデメリットが強めの指導ですよ。

叱責

今現在のこの子にとって、
叱られるメリットは?
デメリットは?

将来のこの子について、
今叱られるメリットは?デメリットは?

今、親や教師にとって、
叱るメリットは?デメリットは?

「環境」(クラスメイト、兄弟姉妹等)にとって、
当事者を叱るメリットは?デメリットは?

これらのことを考えず、定型文のように
「人の迷惑」
連発しちゃっていませんか?


お子さんから
「私のデメリットは無視。
まわりのメリットだけ重視。
=親は、他人の味方」
って受け取られても無理ないですよ、それ。

やばい!今まで考えてなかった!って親御さんも、気を取り直して!
今からでも遅くない!
バランスとりましょう!

基準の難しさ

「人に迷惑かけない」
これは言動の基準として、ものすごく大事ではあります。

でもね、いくら定型文を押し付けても、
伝わらない子には伝わらないです。
全然。


叱られてばっかりで、ストレスぱんぱんの子に対して、
「人に迷惑かけちゃダメ!」
という類いの定型文を投げ掛けると、
反発か絶望を招きます。

お子さんの立場からすると、いつも権利を侵害されているのは自分のほうです。迷惑かけてるのはどっちだよ?!って内心どんどんドロドロしていきます。

迷惑かけてはいけないっっ!と思い込まされすぎている生真面目で正義感のあるお子さんにも、くれぐれも気をつけて。
優等生や穏やかな子や被害者に共感的な、かつ、愛情深い親ほど、迷惑かけられている子達を応援すべく
「あんな子、迷惑だよねーぇ、人に迷惑かけちゃダメだよねーぇ!迷惑ダメ絶対!迷惑ダメ絶対!だよねー♥️」
という言葉を安易に連発なさいます。
この共感、真面目な子の不快感を一時的には和らげてあげることができます。
でもねー、なるべく言わない方がいいんですよ。いや、言ってもいいんですけど、言い過ぎて絶対真理みたいに思い込ませてしまうとやばい。
お子さん側に以下のことを考えさせてください。

考えてみてください

ちょっとした失敗をやらかしたり、不調で欠席が続いたりって、誰にでも起こりうると思いませんか。
誰かに迷惑かけることって、あると思いませんか。


後々その子自身がなにかをきっかけに
「自分は、人/親に迷惑をかけている」
と思い込んだら、どうなると思いますか?

ボディブローかヒ素のようにじわじわ心身を蝕んでいきます。

「自分は親やクラスに迷惑をかけている、迷惑かけたらダメ絶対ダメ絶対ダメ絶対」
こんなふうに考えて、自分が許せず、学校に行かなくなったり、倒れてしまったりする子もいます。
大人なら鬱病とすぐ診断付いて服薬でしょうが、お子さんだとなかなかそうもいかないようで、よっぽどうまくやらないと長引きます。


「人の迷惑を考えなさい」
という定型文の意図することは、
大人の皆さん、よくお分かりですよね。

その通りではあるんです、
人に迷惑かけると排除を招くし、
迷惑かけちゃった…みたいな罪悪感の処理もしなくちゃなんないし
だいたい損害のほうが大きくなります。

人の迷惑にならないようにできるなら、
そのほうがラク。メリット大。

だから、大人たちは口を酸っぱくして
「人の迷惑を考えなさい」
と言うんです。
小さな烏合の衆(定型とされる子ども)も、エコラリアのように言いますね
「めいわくだよ!人の迷惑考えて!」。
自分たちの利益を守るため当然の発言です。


ところがこれ、強いストレス下に置かれている、
十分に知能の高いやらかしっ子にとっては
理解しがたいのです。

「お父さんお母さんは、私のことよりまわりの人が大事なんだ……
だからまわりの迷惑を考えなさいなんて言うんだ」
って思ってしまうこともあります。
非言語下、無意識下でね。
これ、放置しないで。予後悪い。


ほかにも

「人の迷惑にならないようにする
って言うけど、人って誰?
私は人じゃないとでも?」

「迷惑ってなに?んなこと言ってたら、なんもできないじゃん!!」


「知るかよ!!!!!!!
こっちのほうがよっぽど迷惑被ってるよ!!!」


「人の迷惑」を叱ると、かえって反発や絶望を招くことは、歴史が証明しているのです。

反発や絶望だけではありません。

過剰適応系の超絶真面目、やらかさなさすぎっ子は、
(だよな、迷惑かけちゃダメだよな、絶対に迷惑なんてかけられないな、気を付けなきゃ気を付けなきゃ…)
という思考回路で、過剰適応となります。

適応可能なキャパを越えた環境にいますと、いずれ行き詰まりを迎え、自己嫌悪のドツボにはまります。
なにか些細な失敗や欠席などをきっかけに、
(うわああああああああまわりに迷惑をかけてしまったあああああああああ終わった……………)
と自己否定スパイラルに入ります。


言語化が得意で、
「迷惑はなるべくかけないようにする。
だけど、かけざるを得ないときはお互い様で有りとしたほうがお互い楽なんじゃないかなぁ♥️」
というかたちで、
ある時点ではストレス処理できている子もいます。
*1

生真面目すぎる子には、この
「迷惑かけざるを得ないときはお互い様」
に加えて
「余力があるとき、迷惑の尻拭いをすると、オプションで徳が上がるぜベイベー」
ぐらいの感覚が有効です。

迷惑というのはなるべくかけない、でもかけるときがあってもよくて。
恩返しができればすればいいし。
仮に自分には恩返しできなくても、地球のどこかで循環していくわ~たぶんね~。というように
「自分は大いなる循環の一部」
という概念を導入してあげるのもおすすめです。

乱暴な言葉を槍玉に上げると不満の総量は増える

話は変わりますが、小学校での迷惑行動トップは表向き、他害です。表向きね。

ただ
現代の学校では、物理的他害児は減っています。

他害の原因は、感情の起伏。

ですから、感情原理主義の典型発達(いわゆる定型)のお子さんはすーっと避けることができます。*2


物理的暴力の代わりに増えているのは、強い言葉や嫌味、無視などによる
「不快表現」です。

中でも、「乱暴な言葉」という曖昧なものが、最悪の暴力行為、と見なされつつあります。


これは実はかなり危険な傾向です。

強い言葉をぶつけられている側だけでなく、
言いたい放題して叱られている子、強い言葉の力を持つが我慢している子までも、大きな不満や「迷惑」を感じています。

また、丁寧に育った、ピュアで物静かな子も、黙ったまま疲弊しています。


言葉は受け取り方によっては単なる音です。なのに、現代の良識によって、言葉によって深く傷つく、心は、言葉の刃で殺せる、そんな思い込みをさせられています。


次は、その話を致しましょう。

続きます。
いつも長文お読みくださりありがとうございます!
noudeka.com


関連リンク
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*1:この考え方そのものは、ストレス処理に適していますが、そのような考え方をもっている子は、知能が高すぎ。 この案件に関するガスは抜けても、 抜きながら別の思考ストレスを背負い込むので、前述の子同様に、学校ストレス、対人ストレスは大きいと思った方がいいです。

*2:いつまでも他害する子も、される子も、ぶっちゃけ広義の「お仲間」、辞書・事実・経験原理主義です。他害を受けにくい身のこなしを学ぶには、他害されてウンザリする経験が一番有効です。この世から他害をする人を消し去ることができないかぎりは、身のこなしとスルースキルを学ぶのが一番合理的な他害回避方法となります。


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