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もしかして発達グレー研究所~凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

学校の怖さ、傾向と対策5小さな歪みをコツコツ

ゆるく続いているつもりです

☆小さな積み重ねが大きなズレに

発達障害は先天性の障害、という言説がまかりとおってます。

私は違和感を禁じ得ません。

生まれたときの状態に違いがあるにしても、脳の、感じ方、捉え方、運動制御に強めの癖があるっぽいとか(例 刺激増幅受容性、オートバランス機能が立ち上がりにくい)、頭蓋骨に比して脳が大きすぎるっぽい、という程度だと思うのです。

そもそも、先天性か後天性かを確認する手段がないのですよね。

「何となく興味があって」と小児に脳CT撮ったら訴訟一直線ですし、
MRIは、動く子や過敏な子には、全身麻酔かけないとまともなの撮れませんし、
脳をぱかっと開いて見るわけにもいきませんし……

脳の精密検査が非侵襲的にできるようになっても、
コスト面の問題で、今生きてる子どもには行き渡らないでしょう。


子供時代からなんでもこなす優等生で、発達障害だなんて誰も思わなかった子が、なにかをきっかけに、あるいは徐々に、偏りが大きくなり、いつのまにか社会からかけはなれてしまっていく……こういう例は、いくらでもあります。

発達障害だとか自閉症スペクトラム障害という診断をつけやすくなる前の時代は、
児童期に指摘される反抗挑戦性障害、
境界性、妄想性、回避性、強迫性などなどのパーソナリティ障害という診断名がつけやすかったようです。

その人たちも見逃された発達障害なんだ!
という意見もあります。

そう、
そもそも精神科の診断て、そういう客観性とは別の世界線にあります。

心理は、数値化することが困難です。
診断の決め手となる、子供の頃の様子や今困っていること等、環境や主観によるブレが、ものすごく大きい。

先天性か後天性か育て方かなんて、生まれたときから機能障害 脳腫瘍 脳欠損でもないかぎり、わからないのです。

診断名にとらわれず、個別に育ちをみていく必要があります。



☆発達障害という言葉に振り回されないで

もうこうなってくるとね、発達障害という言葉に振り回されてるだけなんですね。

そもそも、
診断基準めっちゃ曖昧ですよ。

負の使い方ができるほどには、明確な意味も基準もないんです。

一見科学的に見える発達検査知能検査の類いも、客観性ガバガバです。
(短時間で把握せねばならない場面での申し送りとか、ふんわりした把握には役立つけれど、あれだけ見てスーパーバイズなんてできないよ。お子さんの言動や親御さんからの聞き取りを元に支援した方が断然精度高いよ。おばちゃんたちみたいな発達支援職人の場合はね。)


発達障害、ASD ADHD HSP HSC などのお名前は、特性のなだめ方、伸ばし方など先人たちの知恵を見つける便利なキーワードとして使うぐらいがよいと思います。


おばちゃんは、
「生まれつきにはちょっとの違いが、偏りが偏りを呼ぶ力によって、中央値に寄せていくのが難しくなっていくのでは」
と思っています。
誰にも断言はできませんけども。

もちろん、生まれつきの偏りが著しくて、生まれた瞬間から
「あ!」
って子もいますよ、けれど、それほど多くはないです。

☆体質みたいなものなんで。

アトピーがあるとか*1、お腹が弱いとか、運動神経が鈍すぎ良すぎとか、足が短すぎと長すぎとか、そういう体質と変わらないです。


体質だからと諦めたり、頑張れ!!と精神論でケツ叩く(あらお下品でごめんなさいね💕)のではなく、
健やかに生きていくスキル探しを楽しめるまでもっていくのが支援だと考えています。

肌に合う洗剤を探し回るとか、パンツと下痢止めを持ち歩くとか、
運動音痴のための運動サークルを探すとか、
足長コーディネートを模索するとか、
バカにされたときの対処法を教えておくとか、
試行錯誤して自分探しする、ささやかな冒険物語を楽しんでほしいのです。


発達障害という大仰な名前がついていますが、
「アトピーだから制服制度をやめろ!」とか
「お腹が弱いから専用トイレを作れ!」とか
「運動神経鈍い子が傷つくから体育の授業をなくせ!」とか
障害をかさに着て権利や配慮を求めるのは、私はめったに賛成しません。


困ることをなくそうとする活動は、後世の子達のためになるように見えます。
しかし、まわりを変えるより、独自の工夫に繋げたほうが、今を生きるその子の人生にとっては建設的だと思います。

後世の子達の救世主になりたいならば、目の前の子がほのぼの育ってから、腰据えてやりましょう。



ということで、発達障害は生まれつきだ、生まれつきだから仕方がない、もっと理解を!もっと支援を!まわりが変わるべき!という論理展開は、当研究所では、ほぼしません。


学校嫌い園嫌いは、当然で、それが「発達障害児にとっての必修科目履修の鍵」です。

☆学校は怖いのがデフォルト説

発達障害であろうとなかろうと、学校嫌いにはなります。

いや、極端ですが、親から見て問題抱えてるよなぁという子が、万一
「学校が楽しい」と言うならば、誰かの権利を侵害していないかどうか、と疑ってもいいぐらい!



歪んだ共依存、たとえば、トラブルでもいいから関わりたい、というドツボにはまってしまっているのではないか、とか見ていきます(おい)。


あるいは、盛大な集団洗脳を受けているに過ぎず、洗脳がさめたとき現実とのギャップに苦しむのでは?と想定して備えてもいいぐらいです。



学校が怖いとき、ひどい権利侵害や、歪んだ共依存や、洗脳集団※、はたまたリンチを、傍らで見ている状態であるのではないかということも考えられますね。

さぞかし怖い体験だろうと思います。

しかも、怖いという気持ちに侵襲され、まあ人間なんてそんなもんかラララ~とバランスをとる気持ちが弱いので、心身のバランスが崩れるのもすぐです。


逆に、学校が楽しいならば、そういった集団の病理を、強者サイドになったつもりで楽しんでしまっている可能性を警戒してもいいぐらいです。



※当研究所は、洗脳であっても、長期的に見てそれで生きやすくなるならば、あるいは親が見捨てないならば、洗脳も使いよう、というスタンスです。

続きます。
noudeka.com


学校はつらいよカテゴリもおすすめです。

*1:アトピー性皮膚炎とうつ病との関連の論文は因果とは言えないと思ったけど、確かに体感でも併発は多い。アレルギー持ちは立派な大脳皮質に比べて脳幹脳橋がしょぼいんだろうか


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