ふんわり続きです。
当研究所では、「学校が怖いのはなぜか、無闇に聞き出さないほうがいい」とお伝えすることが多いです。
※聞き出す介入が向いている、と判断した場合は、別です
☆学校の闇は深い、しかし傾向と対策は可能
「学校が怖い、行きたくない」
その理由を聞き出そうとすると、何が起こるでしょう。
あれが嫌だった、
あれが怖かった、
あれに傷つけられた、
あれから行きたくなくなった、
‥など、出来事に、関心を傾けることになります。
出来事に目を向けてしまうと、かえって、問題の本質が見えなくなるタイミングというのがあります。
このタイミングで、
「正当な理由があると大人に思わせなくては、
欠席を許してもらえない」とお子さんが思ってしまうと、真の問題解決から遠退きます。
「学校が怖い、行けないと子どもが言うのです。親も先生も、なにも問題ないように見えるのに」
「では、徹底的に待ち、聞いてあげましょう、話したくなるのを待ちましょう」
これが、かつての不登校対応のスタンダードです。
この方法で元気を取り戻す子も、もちろん たくさんいます。
はっきりいって待つ、聞く、の方法で元気になる子は、何をしても自動的に元気になる機能がついています。
このバランシング機能というか心の解毒 代謝機能が標準搭載されている子は、たくさんいます。彼らのことは、待ってればいい、聞いてやればいいです。同意です。
そうでない子の学校怖いという感覚は、放置厳禁です。
なんで休みたいのかとか、怖いのはなぜかとか聞いてあげるほど、そして待てば待つほど、病巣が深部に到達してしまいます。
環境的 心情的にあるいは能力的に、原因を認識したり言語で表現したりできず、学校という非動体、非生物を、怖いと表現するに至ったケースが隠れているのだとすれば、安易に待つ、聞く、で処理しないで下さい。
いじめ問題の本質は、
心の自然回復力が弱っていってしまうスパイラルの発生です。
完璧主義の暴走や、百ゼロ思考の果ての自己否定、繊細さ、記憶力のよさ等により、急速なネガティブスパイラルを起こすことがあります。
そうなると、
思考回路を修正しない限り、
いじめがこの世から消えても、
いじめられたことがなくても、
傷つきやすく生きにくいです。
お子さんからたくさん聞き取りをして
原因追求したいお気持ちもわかります。
いじめをやめさせよう!
学校環境がよくない!
‥などの言葉には、救いはありません。
肝心のお子さんはかえって絶望を深め、
回復は遅れてしまいます。
「怖い、って、どういうこと?
いじめられてるとか、無視されているとか、そういうこと?」
等と掘り下げようとすると、ひどいね、許せないね、と共感をしていく他なくなり、
対話の主題が「いじめをやめさせる」となります。
親御さんも「ありのままの我が子を守ることこそ親の使命」と考え、「親の使命は悪意の駆逐。我が子は何も悪いことはしていない、変わらなくてよい」と、すべきことをシフトしてしまいます。
☆原因を敢えて聞き出さないことのメリットデメリット
いじめという概念は、原因が他者にあり、我が子は被害者、という気持ちを刷り込んでしまいやすいです。
原因を聞き出すと、いじめや悪意を感じさせる他者の言動に注目してしまいますが、聞かないことで横置きすることができます。
いじめをやめさせることは、他人をまっとうな人間に戻そうというボランティア活動。そこに過剰なコストを割くことなく、大切なお子さんご本人の心の調整という実りの多いプロジェクトに取り組めるようになります。
「学校が怖い」と言う子の、物事を言語化し処理する能力は
問題の本質を認知し、表現するには、あまりにも不足しています。
こんなミッションに特攻させていたら、命がいくつあっても足りませんよ。
訓練と、目的達成。
同時に行える心理的状況かどうか、よくよく考えてみてください。
数パターン想定すれば済む話です。聞き出すことにこだわるのはやめましょう。
話したり共感されたりしてもスッキリするとは限らない、むしろストレスためてしまったりしがちなのが、脳デカ族です。
ふんわり続きます
(ひとつのエントリが長すぎるとご指摘頂いたので、切ります。スター下さった方、ごめんなさいね)
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