もしおが生まれてこなければ悩まなかった
もうすぐ家に着く。
もしおは恐らくゲームをしていて、
妻はまだ帰っていないだろう。
中学受験させようと言った妻に
裏切られた、と思った、今朝の気持ちは
消したくても消せない。
妻もぼく同様、勘がいいから、
伝わってしまっているだろう。
でも、今は、ぼくのほうから謝って
「もしおに
中学受験させたい
責任はぼくが負う、協力してほしい」
と自分から提案したい気持ちすらある。
未知の世界のことだから、
確信は持てない。
ぼくのことだから、
受験に舵を切ってからも、
ぐちゃぐちゃと
悩み続けることになるとは思う。
しかし、視点を変えたら、
悩める、って、幸せなことだ。
もしおが生まれてこなければ、
こんなに悩むことはなかった。
しかし、
どんなにか、
笑顔の少ない人生だったろうか？
もしおが生まれてから、
よく笑うようになったねと
妻に言われたことがある。
街をゆく赤ちゃん連れや、
ちびっこたちを見て
マスクの中、にまにま笑ったり。
電車の窓を見たそうな子がいたら
さりげなく場所を代わったり。
マタニティマークを見て
心の中で健康を祈ったり。
そんな自分は
もしおに出会わなかったら、
この世に居なかった。
想像さえできなかった自分を
もしおは、生み出してくれた。
悩みは増え、
可処分所得も目減りしたが、
笑顔も幸せも増えて
相乗的に許容範囲も拡がった。
人生の豊かさとは
こういうことなのかもと思う。
複雑なのも、いいもんだ。
子どものいない人生。
都市部、現代、健康、
ならばとてもシンプルだろう。
思い通りにならない破壊的な存在を愛し
自分を犠牲にしてでも、などという
悟りの境地と言うか
恍惚としたかんじの心地よさを
知ることもなかっただろう。
血を分けた我が子に
うまいものを食わせてやりたいと思うとき
ぼくは一番活力がわいてくる。
逆に、
子どもがいない人は、
どうやって
生きるモチベーションを
維持してるのだろうと思う。
心の重石をどけてから
ぼくの中の中学受験への偏見は
重い石のようだった。
「もしおには、こうあってほしい」
という欲と無言の圧力が
心にはギッシリ詰まっていて、
言葉にしてこなかっただけだと知ったのは、
重石をどかしたからだ。
それまでは、
自分の親心が、欲のかたまりだなんて、
考えたこともなかった。
全く違う考えが次々生まれた。
次々に新規の悩みが押し寄せて、
振り出しに戻ってしまった気もする。
重石があったときよりは、
思考は少しずつ整理されているけれど
深呼吸ともためいきともつかない呼吸を
意識しながら、
自分の手のひら返しぶりに、
ささやかにうんざりする。
……いけないいけない。
いろんな考え方ができるようになったのだ、
前向きにとらえよう！
そうしないと、
不安と後悔でおかしくなりそうだ。
脈が速すぎるので、
意識して、息を吐き、呼吸をする。
自由に育ってほしい、
なりたい自分になってほしい、
……なんて言えるほど、
ぼくは懐の深い人間ではなかったんだと
自戒しながら、
今までの子育てを振り返れば、
思い出すのは
自分の不器用な愛と、
欲と、弱さと、矛盾のエピソードだらけだ。
良かれと思ってやってたことさえ
ダブルバインド だったんだもんなぁ……。
さすがに、めげる。
ちっさい親で、ごめん、我が子よ。
ちっさいなりに、精一杯なんだよ、
精一杯、君を大切に思ってるんだよ。
大好きなんだよ、もしお。
愛という名のもとに、
下駄を履かせてあげられるなら……
いくらでも履かせてあげたいんだ。
いつか、伝わるのかな。
ぼくたち親の、不器用な愛。
空回りばかりの、愛。
続きます。
【31】もしおママ編スタートです。
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早くもボケつつありますが
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